Google ショッピングのポリシー文言は明確です。一方で、実務の現場では「文言上は対象外のはずなのに、掲載が継続しているように見える」ケースに出会うことがあります。
本稿は抜け道や回避策を示すものではなく、この現象を ポリシー設計・市場構造・法制度 の関係として整理し、なぜ「ズレ」が生まれるのかを構造的に捉える試みです。
本稿は、Google ショッピングの運用における具体的な回避策や抜け道を示すものではありません。また、特定の企業や担当者の判断を批判する意図もありません。
あくまで、実務の現場で観測されている現象をもとに、ポリシー設計・市場構造・法制度の関係を整理し、その間に生じているズレを構造的に捉えてみる試みです。何が言いたいかというと、誰が悪いという話ではなく、なぜこうなっているのかを考えてみたいということです。
現場で感じる違和感
Google ショッピングのポリシーを読むと、その内容は非常に明確です。労働、時間、専門性など、物理的な所有権が移転しないサービスの販売は禁止であり、物理的な所有権が移転できる商品であることが前提とされています。文言上の曖昧さは、ほとんどありません。
一方で、実際のショッピング広告や無料商品リスティングを見渡すと、ポリシー上は成立しないはずの商品が、世界中で継続的に掲載されているように見受けられる状況に出会います。これは運用に携わっている方であれば、一度は感じたことがあるのではないでしょうか。
取り付け工事込みのエアコン。医師の診療と処方が必要なダイエット薬。オーダー制作の似顔絵やイラスト。これらは多くの国・地域で日常的に配信されています。
この現象は、特定の国や一部の事業者に限った話ではありません。また、単なる審査漏れや運用ミスとも言い切れない広がりを持っています。
では、このズレはどこから生まれているのでしょうか。
ポリシー上は、明確に禁止されている
まず、ポリシーの文言を確認しておきます。

Google Merchant Center の公式ドキュメントでは、無料商品リスティングでもショッピング広告でも、労働、時間、専門性など、物理的な所有権が移転しないものは掲載不可と明記されています。物理商品にバンドルされたサービスも含むとされており、具体例としてタイヤ購入に付随する車整備サービスも禁止対象として挙げられています。
つまり、商品に工事や交換を付ける行為そのものが、原則としては禁止対象です。少なくとも、ポリシー文言上の解釈に曖昧さはありません。
それでも掲載が継続しているように見える事例
にもかかわらず、現実には次のような事例が観測されます。
取り付け工事込みのエアコン
家電販売店が掲載するエアコン販売の広告では、取り付け工事がセットになった価格で掲載されているケースがあります。ポリシー上、付帯サービスは禁止対象ですが、エアコン本体という有形商品が主たる取引であり、工事は不可分な付帯要素と見なされているのかもしれません。
オンライン診療を前提とした処方薬
ダイエット薬や美容医療関連の処方薬が、Google ショッピングに掲載されていると報告されるケースがあります。
これらの多くは、ショッピング広告では診療チケットや定期便プランとして掲載され、購入後にオンライン診療の案内がメールで届き、医師の診察・処方を経て薬が発送されるという構造を取っています。つまり、広告上はチケットやプランという形式を取りながら、実際の取引は医師の診療と処方薬の販売です。
Google ショッピングのポリシーでは、処方薬の販売は明確に禁止されています。また、Google ショッピングにおいては診療行為そのものもサービスとなり、禁止対象です。
スキルマーケットで販売される似顔絵・イラスト
似顔絵やイラスト制作が、Google ショッピングに掲載されているケースもあります。
一見すると成果物の販売に見えますが、実態は作家の労働・時間・専門性を購入する取引です。完成品の在庫があるわけではなく、注文を受けてから制作が始まります。これはポリシー上、労働・時間・専門性の提供に該当し、禁止対象です。
なぜこのような状態が生じているように見えるのか
これらの事例に共通するのは、商品として扱われる外形を備えているため、結果としてサービスとして識別されにくい位置に置かれているという点です。
審査は、主に表示されている情報の外形や商品ページ、決済のフローなどをもとに自動的に行われます。なので、それが商品らしく見える限り、サービスとして検出されにくくなります。
また、そもそも Google ショッピングのポリシーを十分に理解しないまま出品しているケースも少なくないと考えられます。特にモールに出店しているネットショップの場合、プラットフォームの連携機能を通じて自動的に商品が送信されていることもあり、Google ショッピングに掲載されているという認識すらない場合があります。
つまり、これはポリシーを知った上で回避しているのではなく、ポリシーの存在自体が認知されていないという、より根本的な問題を含んでいる可能性があります。
しかし、これは表現の工夫で許容されるという話ではありません。ポリシー上は禁止されている以上、アカウント停止のリスクは常に存在します。ズレによって生じたグレーゾーンに入り込んでしまっており、現在配信されているからといって、それが許可されているわけではないのです。
問題の本質は「誰が悪いか」ではない
この問題は、一部の広告主がルールを逸脱している、あるいは Google がポリシーを軽視している、といった善悪の問題として捉えると、本質を見誤ります。
むしろ重要なのは、次の前提です。
Google ショッピングのポリシーは商品を前提に設計されているが、現実の経済はすでに商品とサービスの連続体になっている
この前提のズレが、さまざまな摩擦を生み出しています。
商品とサービスは、もはや明確に分けられない
ポリシー上では、取引は明快に二分されています。商品とは物理的で所有権が移転するもの、サービスとは労働・時間・専門性であり所有権が移転しないもの、という区分です。
しかし、現実の市場ではこの区分は急速に曖昧になっています。多くの商品は設置・設定・利用体験を前提としており、物だけで価値が完結する取引は減少しています。商品の価値は所有よりも利用の中で顕在化するようになり、市場はすでに商品とサービス、所有と利用、物と体験が連続的に混ざり合う構造へ移行しています。
一方、ポリシーはこの連続体を OK か NG かの二値で切り分けようとしています。ここに、避けがたい摩擦が生じます。
ポリシーは正しい。しかし世界はそれに収まらない
重要なのは、ポリシーそのものが誤っているわけではない、という点です。
医療や診断のように誤情報が直接被害につながる領域、金融や法務のように規制リスクが極めて高い領域を保守的に扱う設計は、巨大プラットフォームとして合理的です。
しかし、そのロジックを、利用や体験が前提の商品や、商品と付帯行為が不可分な取引にまで機械的に適用すると、現実とのズレが必然的に生じます。
結果として、文言上は NG でありながら実務上は排除されにくい状態が続き、しかし明文化もされないという、非常に不安定な状態が生まれます。
法律とポリシーは、同じものではない
ここで、もう一つ重要な前提を整理しておく必要があります。
Google ショッピングのポリシーは、各国の法律をそのまま反映したものではありません。それはむしろ、世界中で一貫して運用でき、プラットフォーム自身の法務リスクを最小化するために設計されたグローバル共通ルールです。
一方、各国の法律は、条件付きで許可され、資格や手続きによって担保され、違反があれば事後的に処罰されるという、連続的・文脈依存的な設計になっています。
合法であることと掲載できることは一致しない
ここで生じるのが、根本的なレイヤーの違いです。法律は行為を規制し、Google ショッピングは表示を規制します。
法律が問うのは、誰が、どのような資格や手続きを経て、何を行ったかです。しかし、Google が判断するのは、その商品がどのように表示されているかです。
そのため、法的には合法であり事業としても成立しているが、表示段階では一律にリスクと見なされるというケースが世界中で発生します。これは特定の国や業界の問題ではなく、グローバルプラットフォームと各国法の設計思想の違いから必然的に生じる現象です。
一方で、この逆もまた然りです。掲載できている(表示されている)という事実は、その取引が法的・ポリシー上「正当」であることを保証しません。
プラットフォームが評価できるのは、あくまで表示やページの外形であり、実態としての行為や手続き、資格の有無までを常に確定できるとは限らないからです。表示が継続している状態は、必ずしも「許可」を意味せず、判断の未確定や優先度の違いといった可能性を含み得ます。
そのため、「他社が出せているから自社も大丈夫だろう」という横並び判断は、根拠として弱いだけでなく、組織としての説明責任をむしろ難しくします。表示の既成事実は、正当性の証明にはならない。この前提に立つことが、実務上のリスク管理において重要です。
不透明さが生むのは「違反」ではなく「判断不能」
この構造には、明確な副作用があります。
Google がどこに線を引いているのかが共有されていないため、広告主や代理店は自分たちで判断するしかありません。この商品は掲載して大丈夫か。このサービス要素は許容範囲か。明確な基準がない以上、現場の解釈に頼らざるを得ないのが実情です。
問題は、その解釈に根拠を示せないことです。
複数人でアカウントを運用する企業や、代理店とインハウスが関与する体制では、この商品を掲載してよいと判断した根拠を社内で共有できない状態が生まれます。上司に説明を求められたとき、クライアントに確認されたとき、明確な根拠を示せない。これは内部統制の観点から見ると、リスクと言わざるを得ません。
ルールを破ろうとしているわけではない。しかし、判断の根拠を示す材料がそもそも存在しない。これが、現場で起きている構造的な問題です。
求められているのは「正解」ではなく、公平性が損なわれない条件
この文脈で重要なのは、白黒を明確にすることを求めることではありません。
むしろ問題は、不透明さが続くことで、真っ当にルールを守っている事業者ほど割を食う構造が生まれてしまうことです。
ポリシーを丁寧に読み、サービス要素が含まれる取引を自制する事業者ほど、露出機会を失います。
一方で、意図的であるか偶然であるかを問わず、境界線の揺れに入り込んだ出稿が露出を得てしまうと、
「守るほど不利」というインセンティブ
が立ち上がります。これは倫理や努力の問題ではなく、仕組みとしての公平性コストです。
もちろん、透明性を上げれば上げるほど、裏をかく広告主がそれを悪用するのではないか、という懸念は正当です。したがって、ここで求めたいのは、検出条件や例外条件の公開ではありません。そうした情報は、回避の再現性を高めてしまい、結果として審査・是正コストの増大や、いたちごっこを招きうるからです。
それでもなお必要なのは、守る側が合理的に判断できる程度の「前提条件」の共有です。たとえば、何を最優先で守っているのか(消費者保護、規制領域、誤認リスクなど)、どのレイヤー(表示/購入フロー/提供の実態など)を重く見ているのか、是正や異議申立てがどのような考え方で運用されるのか……。そうした原則が共有されるだけでも、遵守する側が過剰に萎縮しなくて済みます。
加えて、意図せぬ連携送信や仕様の非対称によって巻き込まれた事業者が、どのように“善管注意”を示せば回復できるのか。この「回復可能性」の設計が見えるだけでも、企業や代理店は内部統制として説明責任を果たしやすくなります。
不透明さが続けば、最終的に損をするのは真面目な事業者だけではありません。消費者にとってのショッピング体験の信頼が揺らぎ、規制リスクが高まり、プロダクト全体の信用コストが上がっていきます。
だからこれは、広告主の要望というよりも、市場の健全性を維持するための条件整備だと考えます。
この「静かなズレ」を放置すると、短期的には個別案件の揺れとして見過ごされても、長期的にはショッピング体験への信頼や、市場の公正さにじわじわと影響していく可能性があります。
おわりに
この問題に、単純な正解はありません。市場は連続的で、ポリシーは離散的であり、その間に摩擦が生まれるのは避けられないからです。
ただ、一つ言えるのは、この摩擦を個別の違反や運用テクニックの問題として片付けてしまうと、同じ混乱が繰り返され続けるのではないかと思っています。
商品とサービスの境界が溶けた今、必要なのは取り締まりの強化ではなく、前提条件を共有したうえでの対話なのかもしれません。本稿が、その対話の起点の一つになれば幸いです。
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